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東京地方裁判所八王子支部 平成8年(わ)14号 判決 1996年8月07日

主文

被告人を懲役六年及び罰金一五〇万円に処する。

未決勾留日数中一四〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金一万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある覚せい剤二袋(平成八年押第六三号の1及び2)及び実包五発(同押号の3。ただし、内一発は鑑定のため試射済みのもの。)を没収する。

被告人から金四万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  営利の目的で、みだりに、

一  平成七年一二月一五日ころ、東京都八王子市散田町<番地略>被告人方において、Aに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパン約一グラムを代金一万円で譲り渡し、

二  同月一八日ころ、同市大楽寺町一八八番地の一先路上に駐車中の普通乗用自動車内において、Bに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパン約一グラムを代金二万円で譲り渡し、

三  同月二一日ころ、同市三崎町<番地略>○○会八王子一家総本部事務所において、前記Aに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパン約一グラムを代金一万円で譲り渡し、

四  同日ころ、同市散田町一丁目一六番西友西八王子店駐車場において、Cに対し、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパン約二〇グラムを代金一五万円の約束で譲り渡し、

もって、覚せい剤を譲り渡すことを業とし、

第二  法定の除外事由がないのに、同月二〇日ころ、右被告人方居室において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン約〇・〇二五グラムを含有する水溶液を自己の身体に注射し、もって、覚せい剤を使用し、

第三  みだりに、同月二二日、同市散田町一丁目七番一四号所在の駐車場に駐車中の普通乗用自動車内において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶一・三一七グラム(平成八年押第六三号の1はその鑑定に費消した残量)を所持し、

第四  法定の除外事由がないのに、右同日、右被告人方居室において、火薬類であるけん銃用実包五発(同押号の3。ただし、内一発は鑑定のため試射済みのもの。)を所持し、

第五  営利の目的で、Dと共謀の上、みだりに、平成八年一月五日、右被告人方居室において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶八一・五八六グラム(同押号の2はその鑑定に費消した残量)を所持したものである。

(証拠の標目)<省略>

(累犯前科)

一  事実

1  平成二年一〇月一一日宣告、東京地方裁判所八王子支部、覚せい剤取締法違反、懲役一年六月(四年間執行猶予、平成三年一一月一八日右猶予取消)、刑の執行終了(平成七年一月九日)

2  平成三年一〇月二四日宣告、東京地方裁判所八王子支部、覚せい剤取締法違反、懲役一年一〇月、刑の執行終了(平成五年八月八日)

二  証拠

前科調書(乙二一)

(法令の適用)

一  罰条

1  第一の行為

国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)八条四号、覚せい剤取締法四一条の二第二項、第一項

2  第二の行為

覚せい剤取締法四一条の三第一項一号、一九条

3  第三の行為

覚せい剤取締法四一条の二第一項

4  第四の行為

けん銃実包の所持

銃砲刀剣類所持等取締法三一条の八、三条の三第一項、

火薬類の所持

火薬類取締法五九条二号、二一条

5  第五の行為

刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第二項、第一項

一  観念的競合(第四の罪について)

刑法五四条一項前段、一〇条

(一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で処断)

一  刑種の選択

1  第一の罪 懲役刑について有

期懲役刑を選択

2  第四の罪 懲役刑を選択

3  第五の罪 情状により懲役刑

及び罰金刑を選択

一  累犯加重

刑法五六条一項、五七条、さらに第一及び第五の罪について刑法一四条(再犯)

一  併合罪

刑法四五条前段、懲役刑につき、刑法四七条本文、一〇条、一四条(最も重い第一の罪の刑に法定の加重)、罰金刑につき、刑法四八条二項(第一及び第五の各罪所定の罰金額を合算。)

一  未決勾留日数算入

刑法二一条(懲役刑に算入)

一  労役場留置刑法一八条

一  没収

覚せい剤について

覚せい剤取締法四一条の八第一項本文

実包について

刑法一九条一項一号、二項本文

一  追徴

麻薬特例法一七条一項、一四条一項一号

(争点に対する判断)

弁護人は、被告人の判示第一の覚せい剤の譲渡は、暴力団組織とは無関係の単独犯行であり、覚せい剤の売買を専業にしていたものではないから、麻薬特例法八条に規定する覚せい剤の譲渡等を「業とした者」に該当しない旨主張しているので、以下検討する。

関係各証拠によると、被告人は、平成七年八月ころから、多数回にわたり、特定の仕入先から、宅配ないし直取引により、五〇グラムないし一〇〇グラム単位で安定的、継続的に覚せい剤を仕入れ、口座振込ないし直払いで代金を決済していること、仕入れた覚せい剤は、小分け用のビニール袋や電子秤を用意して小分けし、多数人から携帯電話等で注文を受け、自己の利益を上乗せして譲渡していたこと、被告人の供述によっても、被告人は、起訴された以外にも六〇回以上にわたり覚せい剤合計四〇〇グラム以上を譲渡し、当初は覚せい剤を五〇グラム単位で仕入れていたが、売却先が確保されると仕入量を一〇〇グラム単位に増加させ、さらに覚せい剤の他、大麻、シンナー、トルエン等も譲渡していたというものであること、譲受人及び同人らからの譲受人のうち名前が判明している者だけで七名おり、氏名不詳の譲受人を含めると相当数にのぼること、この様な行為の一環として本件がなされていること、被告人は、平成六年ころ、約半年間父親の手伝いをした後は、一〇日間くらい電気屋でアルバイトをした他は仕事に就いておらず、所属する暴力団事務所や同棲していたDから小遣いをもらう以外には収入がなかったこと等が認められ、右事実に照らすと、被告人は、もっぱら自己の資金稼ぎのため計画的、継続的かつ職業的に覚せい剤の販売を行っていたものであって、覚せい剤の譲渡を「業とした者」と認められるから、弁護人の右主張は採用できない。

(量刑の事情)

本件は、被告人が、覚せい剤を多数回にわたって他人に譲渡して覚せい剤の譲渡を業とし、また、そのころ、営利の目的で、一部はその目的なく覚せい剤を所持し、また自己使用し、火薬類であるけん銃用実包五発を所持したという事案である。

覚せい剤の譲渡等について、その譲渡及び所持の量が合計約一〇五グラムと大量であること、被告人の譲渡した覚せい剤が多数の者の手に渡って使用されるなどしており、不法に多額の利益を得る一方、反復継続してその害悪を社会に拡散していること等犯行の態様は非常に悪質である。

また、被告人は、逮捕後も、内妻に覚せい剤の隠匿を指示して警察の捜索をのがれようとしており、覚せい剤の入手先や譲渡先について一部を除いて秘匿している等真摯に反省しているのか疑わしいこと、覚せい剤の累犯前科二犯を有するにもかかわらず、前刑の出所後約一年で覚せい剤をほぼ毎日使用するようになり、本件の犯行に至ったものであって、覚せい剤の常習性、親和性が顕著であること、さらに実包の所持について、安易に実包を入手して本件に至っており、遵法精神の欠如が明らかであること等を考えると、被告人の刑事責任は非常に重大であると言わなければならない。

したがって、犯行自体は素直に認め、今後覚せい剤に手を出さない旨誓っていること、実包のみを所持し、けん銃は所持していなかったこと、実父も更生に協力する旨述べていること等被告人に有利な情状もあるが、これらを十分に考慮しても、主文記載の刑を科すのはやむを得ないところである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田國男 裁判官 田中亮一 裁判官 小田島靖人)

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